2006年02月06日

やさしい魚

医学部に通う友達が、mixiで
こんな日記を書いていました。

********
誰かが亡くなった時、なにか出来るのに何も出来なかったのが嫌
何か出来る人間になりたいと思った。
のに、
重いのは嫌なのです。
人が死なないところに行きたい。

矛盾ばかり。矛盾ばかりです。


なにかを切り捨てるのは嫌です。
なにかを殺さないとなにかが生きないなら、
どちらも生きる道を必死になって探したいです。
********

彼女は春から外科医になります。
自分の理想、感情 と
周囲の現実、事実 との間に
ぽっかりと溝があいてしまうことが
とても多い世界なんじゃないかな、と思います。

嫌なものは嫌だ、と叫んで泣いても
どうしようもないこと、というのはたくさんある。

論理が破綻していても
どうしようもない現実の状況を目の前にしても
心の中ではただ
「だめだ」と叫びつづけたい、と彼女は言います。

********
清濁併せ呑むことを学んで、それでも叫んでいられるでしょうか。
そのとき、私は何のために医者をやるのでしょうか。
********

彼女はもともと感受性の強い人ですから
仕事で人が死ぬのを見なければならない、というのは
想像を絶する苦しみなのでしょう。

彼女の苦しむ姿を見て
谷川俊太郎の『やさしい魚』という詩を思い出しました。

********
やさしい魚の
やさしいうろこは
げつようび に 1まい
かようび に 2まい
はがれた
...

はがれたうろこは
金色に光りながら
うみのなか、見えない底へ
しずんでゆく
...

にちようび
歌おうと海に
きてみれば 砂に

終止符のような
やさしい魚の
なきがら
********

うろこをはがすことなく
やさしくやさしく
大切に慈しみながら
生きることは可能でしょうか。

やさしい医者が
外科医としての経験を積んでいく中で
繊細な心を守っていくことは、
可能でしょうか。

医者である以上
死を見るのは嫌だ なんて
甘い、のかもしれません。

それでも

日常に流されることなく
現状に妥協することなく

やさしい心を持ち続け
矛盾に悩んで苦しんで
それでも逃げずにがんばってがんばって
少しでも現実と理想の間の溝を埋められるように

自分の気持ちと
周りの現実と
戦い続けてほしい、と思います。
posted by あんどうみちこ at 23:40| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お友達への思いが伝わってきました。
死と対面するお仕事・・
医療現場の人は、メンタル部分でも非常に大変なお仕事だと思います。
お友達のようなお医者様が増えていけば、
医療現場も殺伐としたものだけでなく、
あたたかな光が宿る場所になるように思います。
私も彼女にエールを送りたいと思います。
Posted by 顔晴れウーマン at 2006年02月08日 09:55
顔晴れウーマンさん、コメントありがとうございます。

彼女に連絡したところ、
「少しずつ自分を削り取られる環境だと、気付かず、自分が変わっていて変な判断をしている時がある。
そんな時、ちゃんと悩めるよう、価値観を見直し続けたい。」
という答えが返ってきました。

彼女はきっと、信頼できるお医者様になると思います。
がんばってほしいですね。
Posted by あんどうみちこ at 2006年02月08日 16:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。