2006年02月09日

博士の愛した数式

本が気に入ったので、映画も見てきました。
映画は映画で良かったです。

博士の愛した数ョ.jpg
小川洋子著
『博士の愛した数式』


最初から最後まで、やさしい空気の流れている本です。

数字や子供に対する博士の愛情
大切に大切に慈しむ姿は
とても正しいかんじがして
好きです。

『アルケミスト』を読んだ時の
あの爽やかな気持ちとは
趣を異にしつつも
大事なもの についての再確認
という意味では変わらず
本質的には同じような感覚で読み進めました。

数字 という切り口から世の中を切り取ると
こんな風になるんだなぁ
という
新鮮な驚きを与えてもらいつつも
なんとなく思ったこと。

それは

さまざまな切り口が世の中にはあって
どんな切り口を使おうとも
最終的に、本質の部分は
みんな同じなんじゃないかな
ということ。

博士ならば数字。
アルケミストの少年ならば夢。
それは一つの切り口にすぎない。

目に見えないコトバで書かれている
だいじなこと
というのがあって、
一つの切り口を深く深く味わうことで
それを覗くことができる

切り口はなんでもいいのだけれど
願わくば
自分が愛せるものがよい。

そんなことを思いました。


と言っていたら、友達に
「中谷巌さんていう人が、
 『鉱脈クラブ』っていう話をしてたよ」
と教えてもらいました。

中谷厳さんとは
一橋大学の名誉教授で
ソニーの取締役だったこともある方だそうで

『鉱脈クラブ』とは

みんなそれぞれ鉱脈を掘っていて
深く深く掘って
底の底までいくと
一番底の部分ではみんなつながっている

という考え方だそうです。


田坂広志さんは同じことを
「頂上で会おう」と表現しています。

人生は山登り、というのはよく聞く例えですが
それぞれ登っていって
頂上に到達すれば
そこで会える、という話です。

それを聞いてまた思ったこと。
山登りに必要なものは
ルート と 装備

どんなルートで登ろうが
どんな装備を使おうが
最終的には頂上に到達すればよいわけで

自分の好きなルートを選んで
自分の好きな装備、役立つ装備を選んだら
あとは意識の問題。

頂上に到達できるように登ろう、
ということだけは
意識していなければいけないな
とは思います。

途中で休んだり
下山して登りなおしたり
登り方を模索して迷うのはかまわないけれど

いいや 別に頂上までいかなくても
と諦めてしまうことだけは
したくないな、と思います。


諦めずに頑張って
頂上
鉱脈の底
だいじなコトバ に
近い将来、
到達したいのです。
posted by あんどうみちこ at 10:47| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あんどぅさんの素敵な文章のおかげで(?)
思わずAMAZONでアルケミストを購入してしまいました
届くのがすごーく楽しみ
Posted by 8☆ at 2006年02月11日 02:25
8☆さんコメントありがとうー。
しかもアルケミスト購入!!
素晴らしい!
自分のおすすめに興味を持ってもらえると、すごく嬉しいです。
どうもありがとう。

素敵な本なので、お楽しみにね。
Posted by あんどぅ at 2006年02月12日 01:16
私もこの本と映画を観ました。
自分自身を見つめて生きていくことは素敵なこと。
博士を見てそう思いました。
とかくあれもこれもと欲張りしすぎてしまう。
一歩一歩地に足をつけ、踏みしめながら歩くことの大切さを学んだ気がしました。
Posted by 顔晴れウーマン at 2006年02月13日 10:32
顔晴れウーマンさん、コメントありがとうございます。

雑音に乱されず
自分の大事なものとしっかり向き合っていきたいですね。
シンプルな事なのですが、難しいです。
Posted by あんどうみちこ at 2006年02月15日 12:13
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Excerpt: 映画が好き。 でもなかなか映画館に行く余裕がなくて見逃してしまうことが多い。 今日は思い立ち出かけました。水曜はレディスーデーで1000円だから。 邦画を映画館で観るのは惜しい気がしてほとんど観ない..
Weblog: 徒然なるままに
Tracked: 2006-02-09 11:08
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